ヨーロッパ紋章学
 歴史劇やファンタジーに登場する数々の王国、帝国、そして騎士たち。そこには国家や都市、団体を象徴するかのような、様々なマークやシンボル、紋章が描かれた旗や上衣、楯などが見てとれます。単なるシンボルやマークならともかく、それらの紋章には、実は様々な決まり事や意味があります。ここではそのしきたりや決まり事、「紋章学」について紹介しようと思います。ただし紋章学というものはとても奥が深く、いろいろ書物、文献を読んで勉強してみたところで、私ごときに修学できるようなものではありません。実際に紋章学全般を修学しようとすれば、何十年もの歳月が必要になることでしょう。ですからこのコーナーでやるのは、あくまでも紋章学の紹介及び、ファンタジーへの導入の薦めというレベルを出ません。それでもファンタジーや歴史劇を観たり、またゲームなどで作り上げたりする際のイメージソースにくらいにならなるかもしれません。まずはお楽しみいただければ幸いです。
 当記事内で表示させている紋章は、紋章学を元に設定したオリジナルの紋章です。全くデタラメなものでもありませんが、専門家の方から見れば「こんなのは間違っている」とか言われるかもしれないものです。この点についてご了承下さい。

参考文献
"西洋騎士道事典"(著:グラント・オーデン、翻訳監修:堀越 孝一、発行:原書房)
"ビジュアル博物館 第43巻 騎士"(著:クリストファー・グラヴェット、日本語版監修:森岡敬一郎、翻訳:リリーフ・システムズ、発行:(株)同朋舎出版)
"紋章の切手 切手で綴る紋章史話"(著:森 護、(株)大修館書店)
TACTICS 1989年7月号掲載"中世紋章学入門(後編)"(著:ロビン・ウッド、訳:西村ヒロユキ、発行:(株)ホビージャパン)

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 1 最初に | 2 紋章の付属物 | 3 盾の形 | 4 彩色 | 5 マーシャリング

1 最初に

紋章って?
 戦いにおいて、個人を識別するために用いられたのが「紋章」でした。盾や旗に独特の図形を描いたり、貼り付けたりすることは、それこそ古代ギリシャの頃から行なわれていることでしたが、これらの図形は「紋章」と呼ばれることはありません。「紋章」というものの主たる定義の中には「継承性」というものがあります。これは、紋章が親から子へ、そしてさらのその子へと受け継がれていくことを示しています。ギリシャの歩兵の盾に描かれていた絵やマークなどは、家系とともに受け継がれるようなものではなかったようですから、紋章学でいうところの紋章ではありません。逆に、日本の「家紋」は、子孫へと受け継がれていくものであることから、「紋章」の一つと分類して考えられています。
 紋章は11世紀頃からドイツで使われはじめ、やがてフランスなどへと伝わり、12世紀にはイングランドにも伝わりました。この後にもヨーロッパ各地に紋章は広まり、多くの国々で紋章が用いられるようになりました。

コート オブ アームズ
 紋章が個人の識別に使われたとの事ですが、騎士たちの装備が重装化するに従って、そのままでは誰が戦ってるのやら、手柄を立てたのやらわからない状況になりました。そこで手に持つ盾に紋章を付けたり、また鎧の上に着るサーコートに描いたりするようになりました。このサーコートに描かれた紋章(盾)という意味で、紋章のことを「コート オブ アームズ(coat of arms)」と呼びます。

シール
 このシールというものは、書簡や証明書類など、重要な書き物の真性を表すための封印で、「封蝋」(ふうろう)と呼ばれるものです。封蝋は、書類を巻物状に丸めて書類の端(下部)に付けたリボンで巻き、そのリボンにこワックスのようなものをたらして封をするものです。ワックスを垂らす際には、その書を記した人の紋章などの型が押されることになります。このシールに使われる型は、肖像や紋章、紋章を用いたシール用の図案などが「凸彫り」されているもので、これをワックスが冷めて固まる前に押しつけて型を押すわけです。型の中には指輪状になった「シールリング」などとも呼ばれるものもあります。シールは円形のものが一般的で、直径は5センチ前後くらいですが、国王などのシールの中にはさらに大きなものあるようです。

 封蝋に使うワックスというものは、大きくて品揃えの多い文具店や、東急ハンズなどで購入することもできます。だいたい封蝋1本が1,300〜2,000円くらいでしょうか。ただしこれだけでは使えないので、型押しするシールの方も買わなくてはなりません。こっちはだいたい1,000円くらいだったと思います。
 私も持っていますが(中に入ってた取説によるとドイツ製のようです)、洒落を効かせた手紙や、特別なお知らせなどを出す際に使ったりするといい感じです。(意外に喜ばれますw)








紋章官
 紋章官(ヘラルド)という役人は、敵味方を問わず広く紋章の知識をもち、戦場では戦功の判定、トーナメントでは審判などの判定を行なう職務を与えられました。また戦では使者として敵方へ赴くメッセンジャーともなりました。この危険な役目のためかどうかはわかりませんが、彼らは、タバードと呼ばれる、とても目立つ特別な衣装を身に着けています。このタバードにはその紋章官が仕える王族、貴族の紋章が大きく描かれていたようです。
 ちなみにイギリスでは14世紀に王立紋章院というものが設立され、紋章官という役職が作られました。そして彼らの人数は紋章院総裁1名と紋章官13名と定められ、これは現在でも変わっていません。


さまざまな紋章
 「紋章」には様々なものがあります。楯だけの(シンプルな)紋章や、楯の周囲に動物や台座、その他様々なものが付属したものなどいろいろです。盾の周囲の物は飾り、つまり「アクセサリー」であり、その家の栄誉や過去からの伝統を表すものではありますが、あくまでも「盾」の付属品です。付属品はあくまでも付属品で、盾こそが紋章です。そもそも紋章の成立した頃は、描かれた図形が紋章なのではなく、「盾そのもの」=「紋章」でした。
 これら様々な描かれ方をした紋章を称して、盾だけのシンプルに描かれた紋章を「小紋章」、ヘルメットとマントのみ付属させたものを「中紋章」、その他のアクセサリーも共に描かれた紋章を「大紋章」と呼んだりします。


2 紋章の付属物(アクセサリー)
 紋章(この場合は「中紋章」「大紋章」を指しますが。)には、様々な用いられるアクセサリーには様々なものがあり、ここではその主だったものを紹介します。ページ冒頭の紋章図(オリジナルのものですが)をもう一度ご覧になってからお読みになるといいかもしれません。

ヘルメット
 ヘルメットは紋章の上に載せて描かれます。初期は(ファンタジーファンお馴染みの)樽型ヘルメットが多かったこともあり、紋章にも樽型が使われていたようですが、やがてヘルメットの形も変わっていき、紋章に用いるヘルメットの形も変わりました。16世紀になると、イギリスでは紋章に用いるヘルメットの形が4種類と定められ、明確にルール化されました。この4種とは(下図参照)、(1)国王及び皇太子のもの、(2)貴族のもの、(3)準男爵及び騎士のもの、(4)エスクワァイア及びジェントルマンなど郷士級のものから成ります。これら制度化されたヘルメットは、縦格子状のバイザーがついた「ある意味ヘルメットらしいヘルメット」という形をしています。
 これらにはそれぞれ特長があり、(1)は全て金色で正面を向いている、(2)はヘルム本体は銀色&バイザーだけが金色で向って左向き、(3)は全て鉄色(iron color)で正面向き、(4)は全て鉄色で向って左向きとなり、見ただけでそれとわかるようになっています。つまり、紋章の上のヘルメットが全て黄金色で正面を向いているなら国王や皇太子の紋章、というようにそれだけである程度の情報が読み取れるわけです。
 実際の紋章学では、このように明確に形まで制度化されているヘルメットですが、ファンタジーに導入する際には、DMが「厳格に同じようにしなきゃいやだ」とか言ってるのでないなら、これと全く同様の「形」にする必要は無いとも思います(実際に、バケツ型ヘルムを描いた紋章などもあります。)。でも(1)〜(4)までのヘルメットの色の特徴だけはそのまま採用してもいいのではないでしょうか。そうすれば、実際の紋章学のように、紋章に描かれたヘルメットによって位階が見分けることができます。
 なお、基本的には、ヘルメットは聖職者の紋章には使われることはありません。聖職者は「戦い」を生業としていない、という理由からのようです。



クレスト(兜飾り)
 ヘルメットの上に取り付けられた飾り物です。よく中世史劇やファンタジー映画などでは、騎士のヘルメットの上に翼を広げたドラゴンや猛るユニコーンの像が載っていたりするのをご覧になったことがあるかもしれません。あれがクレストというやつです。クレストは木や皮で作られた彫像であったり、動物の角や翼を模ったもの、また宗教的なシンボルのような物だったりもするようです。
 クレストは「ファミリー」を表すものとされていたようで、代々同じタイプのクレストでヘルメットを飾っていたようです。もちろん、実戦に赴く者であれば、実際のヘルメットにも付けていたことでしょう。


マント
 紋章の上に載せられたヘルメットのその背後には、端がビラビラになった帯のようなリボンのようなものがありますが、これは実はマントです。ビラビラになっているのは、激しく戦い抜いてボロボロになった様子を表しているもので、勇敢さを表すものでもあります。ただし、マントの色もヘルメットと同様に制約があります。国王や皇太子はマントの表(背中側)が金色で、裏(正面側)は白テンの毛皮の模様(アーミンスポットと呼ばれる)となっていますが、それ以外の普通の貴族などでは、金色または銀色と原色系の普通色が組み合わされて使われています。
 なお、マントも、ヘルメットと同様、聖職者の紋章には使われません。聖職者が勇敢に戦う必要なんてないから、ということのようです。


クラウン及び聖職者の被り物
 紋章にはクラウンが描かれることもあります。これは貴族の位階を表すものであり、当然ながら、位をもつ貴族しか用いることはできません。貴族のクラウンには様々な形があり、位によって異なります。紋章にクラウンが描かれていれば、各爵位の固有のクラウンの形によって、その位がわかります。手元資料にあるのは「イングランドでの冠」というものしかないので、他の国や地域などではどのような冠が用いられていたのかはわかりません。しかしファンタジーでは、実際の制度上の形に従う必要は必ずしもありませんから、オリジナルの爵位冠をデザインしたり、実際のものを参考にしたりして設定するのもいいかもしれません。
 多くの紋章では、クラウンは盾の上に直接か、ヘルメットの上に載せられていますが、イギリスではクラウンの上にヘルメットを載せたものもあったりします。
イングランドにおける冠 例:イングランドの冠

 クラウンを用いるのは当然ながら爵位を有する貴族以上の階級の者に限られていますが、聖職者の場合にはその位を表す、また独特の被り物が描かれたりします。ローマ教皇の紋章にはティアラとかトリプルクラウンなどとよばれる「三層法冠」が、司教の紋章には独特の形をした「マイター」と呼ばれる司教冠が、また枢機卿の紋章には「カーディナルハット」と呼ばれる帽子が描かれます。紋章制度そのものが、キリスト教世界で発展、継承されてきたものですから、当然ながらこれらはキリスト教聖職者の紋章にのみ該当する事です。つまり、ファンタジーなどで独自の信仰設定があるワールドでは、これとは違ったものになって当然です。完全オリジナルなものを設定してもいいし、本物と似たような設定にしてもいいでしょう。あっさりと「聖職者は紋章をもたない」とか、「聖職者の紋章にはクラウンは無い」っていう事にしても構わないでしょう

 そもそも、全ての聖職者が紋章を持っているわけではありません。教皇や司祭など特別な地位をもつ聖職者、それに貴族のように領地を有していた聖職者などが、貴族たちと同様に紋章をもっていたようです。
 
↑ 左から「司教冠」、「カーディナルハット」、「三層法冠(教皇冠)」 (いずれも一例)

  なお、カーディナルハットは、位階によって色、紐の結びの数が異なり、色は「赤」、結びは計30(15×2)が最高位。


サポーター(大紋章)
 紋章盾を支えるように描かれ、そのほとんどが動物(想像上の生物も含む)です。サポーターが何故紋章に使われるようになったのかという理由は、よくわかっていないようです。ただし、サポーターを紋章に用いることができる者については、国によって多少の制約的なもの(ちゃんとした貴族でないとダメ等)があったりするみたいです。サポーターには想像上の生物、つまりユニコーンなどのファンタジックな生物も用いられると書きましたが、ファンタジー世界に紋章を導入すれば、サポーターのバリエーションは現実の紋章に見られる以上にバリエーション豊かにすることができるでしょう。

コンパートメント(大紋章)
 コンパートメントとは、紋章の「台座」の部分です。サポーターと共に「大紋章」に用いられるアクセサリーで、様々な形のものがあります。木の棒を横に渡したように見えるものや、シンプルな図形的なもの、盛り土のように見えるものや岩山のようなもの、また花畑のように見えるもの(笑)さえあります。大紋章においてサポーターと共に用いられるアクセサリーなので、サポーターを使えない者の紋章にはありません。

モットー
 そのファミリーの「家訓」や「格言」、戦いでの「口上」「決まり文句」など、まさに「モットー」を記したものです。これはクルクルっとしたリボンのようにも見えるスクロール(巻物)状のものに記され、紋章盾の周囲に配置されます。大抵はコンパートメントの下、ものによっては盾の下に配置されることが多いみたいですが、上の方に配置されたり、上下に2つあったり、またサポーターに巻きついてたりといろいろなバリエーションがあるようです。
 紋章学の発祥に関係してか、モットーはフランス語で書かれているみたいです。フランス語の存在しないファンタジー世界では、その国の言葉で書かれているということにして構わないと思います。フランス語と同じ言葉を使ってる国を設定し、その国が紋章の発祥地だと設定すれば、フランス語でも不自然ではありませんが(笑)。


ローブ オブ エステート及びパヴィリオン(大紋章)
 「ローブ オブ〜」は位の高い貴族の纏う式典服(ケープのようなもの等)のようなもので、紋章の後に盾の背面から上部へ覆うように描かれます。傾向でいえば、大陸系の紋章に見られることが多いようです。
 「パヴィリオン」はもともと、戦場やトーナメントなどで騎士たちが使う綺麗なテントのことです。紋章アクセサリーのパヴィリオンはこれを模したもので、やはり盾の背後に大きく描かれます。パヴィリオンは貴族の位によって色が決まっていたりするそうで(やはり国によって異なる制度でしょうか)、紋章に用いられる場合にはこの決まりに従うことになります。



3 盾の形
 紋章の盾の形は、今では「いわゆる標準的な盾の形」、つまりアイロン型=ヒーターシールドに近い形が一般的に用いられているようですが、昔はいろいろな形が使われていたようです。元々、紋章が使われるようになった頃には、今よりももっと縦に長い形の盾、いわゆるヒーターシールドを(カイトシールドほどではありませんが)が用いられていました。しかし、紋章の継承に伴い、いくつもの紋章が組み合わされるようになると、縦長では図柄として描きにくくなり、やがて紋章を描く際には、今のような標準的な(ヒーターシールドの様な)形が使われるようになっていきました。こうして「実戦で使う盾」と、「紋章の盾」の形が必ずしも同じではなくなっていったため、実戦の盾のことを「シールド(shield)」、紋章の盾のことを「エスカッシャン(escutcheon)」と区別して呼ばれることになりました。
 現在は「普通のヒーターシールド的な」形(下図上段の左から1番目)が一般的ですが、それまでには国や地方によって様々な形の盾が使われていたことがありました。これらの形は「〜型」と称されますが、これはその国の紋章が全てこの形だったというわけではなく、また他の国の紋章にこの形が無かったというわけでもありません。ただ単に、その形がその国で(だいたい)最初に使われるようになったという事を表しています。


 紋章盾の形で変わったものといえば、「馬頭形」(上図下段の1番右)があります。これは聖職者の紋章に使われた形です。中世以降、ヨーロッパでは聖職者も権力を持ち、広大な荘園のような領地を所有、支配していることが少なくありませんでした。このため、土地支配者である貴族たちと同様に紋章をもっている聖職者も結構いたわけです。ちなみに、聖職者の紋章が全て馬頭型だったというわけではないようですが、聖職者以外でこの馬頭型の紋章をもっていた者はほとんどいなかったようです。
 もう一つ変わった紋章盾の形があります。それが「菱形」(上図下段の右から2番目)です。基本的に、紋章というものは親から子へ継承されていくというのが前提になっており、家を継ぐのは男子とされていました。つまり、息子しか紋章を持っていなかったということになります。しかし、全ての貴族の家に、必ず男の子が生まれるとは限りません。なかには女の子しか生まれなかった家もあるはずです。そんな場合、その娘は「相続権」を持つことになり、紋章も持つことになります。このような場合、相続権を持つ独身女性の紋章に菱形が使われました。このような女性が結婚すると、自身の紋章を真ん中から左右に分け、左側に夫の、右側に自分の紋章を入れることになりました。また男性も、相続権を持つ女性と結婚した場合には、同様に妻の(生家の)紋章を、自分の紋章に加えることとなりました。妻の生家が高位貴族だったりしたら、その爵位まで自分のものになり、紋章も取り入れることができたわけです。



4 彩色
 紋章には、様々な色が使われているように思われますが、実はごく限られた種類の色しか使われていません。もともと、紋章というものが、戦場で各騎士を識別するために発展したということは、すでに書きましたが、「識別」しやすくするためには、種類の少ない、はっきりした色が使われているべきだからです。そのため、パステルカラーのようなコントラストの弱い色などは、使用が禁じられています。紋章に使用することができる色は、「金属色」、「原色」、「毛皮模様」の3種類に分けられます。「金属色」は「金(or)」、「銀(argent)」の2色、「原色」は「赤(gules)」、「青(azure)」、「黒(sable)」、「緑(vert)」、「紫(purpure)」、「橙(tenny)」の6色からなります。また、毛皮模様は、さらに「白てん」の毛皮を表現した「アーミン(ermine)」と、「りす」の毛皮を表現した「ヴェア(vair)」の2つのグループに分けられます。
 ちなみに、紋章図では、金色は黄色で、銀色は白で代用して描き表すこともできます。

      
金属色(金、銀)           原色(左から赤、青、黒、緑、紫、橙)


 
毛皮模様(左からアーミン、アーミンズ、アーミノワ、ピーン)


毛皮模様(左からヴェア・エンシェント、ヴェア、カウンター・ヴェア、ヴェア・アンディー、ポウタント、カウンター・ポウタント)


 紋章は本来「カラー」で描かれるものですが、色を使わずに紋章を表現しなくてはならない場合があります。例えば、硬貨(コイン)などへの刻印や、モノクロ印刷で紋章を表現するときなどです。こういう場合、独特の方法で色が表現されています。上図の「金属色」、「原色」の図で盾型の右半分を占めている、点描や斜線等による表現がそれです。これは「ペトゥラ・サンクタ方式」と呼ばれる方法で、17世紀前半に考案されて以来、様々なところで用いられています。

 紋章の彩色に用いることができる色は、前述のとおりですが、彩色に当たっての決まり事というものもあります。それは、識別のため、「同系統の色を重ねてはいけない」というものです。例えば、下図の左側の2つは、「青」の地に「赤のラインを重ねた(置いた)」ことになるため、彩色の原則に反する「違反紋章」になってしまいます。しかし、一方、下図の右端のものは、同じ原色系の色であっても、上下に「分けた」ものであるので違反ではなく、OKになります。
 実際には、色の境目が少し上だったり下だったりするくらいの違いしかなく、「よくわからない」感じもするのですが、こういう決まりなのだそうです(笑)。
 ちなみに、「色を重ねる(置く)」とされ、同系色の使用を禁じられるタイプ(下図の左の2つ)は、もともと、実戦時に盾の表面に補強として張られたり取り付けられた鉄板などを表したもののようで、それ故にはっきりと「重ねる(置く)」ものと分類されているようです、そう言われてみれば、なるほどという感じがしないではないですね。


 基本的には、この彩色の原則に反してはなりませんが、この原則が「決まり事」として定着する前に、既に作成され、用いられ、定着しているような紋章については、必ずしも違反紋章とはされず、例外的に認められているものもあるようです。事実、決まり事が定められ、定着する前には、この原則に縛られず、様々な彩色が施された紋章が用いられていたようです。
 ファンタジー世界に、紋章学を一つの体系、決まり事として導入する場合には、やはりある程度は彩色の原色を遵守するべきでしょう。ただし、支配者が強い力を持っていなかったり、その支配力が及ばない国や地域、辺境の地など、また、たくさんの貴族が割拠しているような状況等では、決まり事を守らせることもできないでしょうし、あえて守らない者もいるかもしれません。ここら辺は、マスターの趣味(笑)と判断でしょう。

 

5 マーシャリング(継承と組み合わせ)

 紋章というものは、継承性がその大きな特徴でもあり、親から子へ、子から孫へ、紋章は少しずつ組み合わされ、変化しながら受け継がれていきます。結婚すると、相手の家の紋章が組み合わされました。また、婚姻や戦争によって領地を吸収したり、併合したりした場合にも、その被統治側の紋章を自分の紋章に取り入れたりする事も多かったようです。これらの事情により、紋章は時代によって変化していきました。このため、何代も続いた貴族の家系では、組み合わせが多くなり、複雑な紋章が生まれていきました。このように、紋章を組み合わせることを「マーシャリング」といいます。
 マーシャリングの方法として代表的なものは、盾を左右に2分割したり、上下左右に4分割したりという方法です。元々は、2つの紋章を左右に組み合わせるやり方が基本ですが、だんだんと複雑な組み合わせ方になっていきました。これが「クォータリング」です。「クォータリング」とは、元は4分割を指す言葉ですが、6分割でも8分割でも同様に「クォータリング」と呼ばれます。

 まず、2つの紋章を組み合わせる方法には、ディミディエイションという方法がありました。これは2つの紋章を「折半」で組み合わせる方法で、出来上がった紋章のデザインは「ハーフ&ハーフ」的なものになります。元の紋章の半分ずつを引き継いでおり、「判りやすい」ように見えるかもしれません。

 が、しかし! このディミディエイションには欠点があります。




 元の紋章の左側が
  だろうという事が判ったとして、残る右側の紋章が、

  なのか、


  なのか。これじゃあ判りませんねw


 そこで、インペイルメントという方法も使われるようになります。これは、「ハーフ&ハーフ」ではなく、紋章の左右に、元の紋章を「ほぼ完全な形」で描くものです。これなら、元々の紋章がはっきりと判ります。このような組み合わせ方を基本として、実際には、3つ4つ…とたくさんの紋章のクォータリングが行われ、複雑なデザインの紋章が作り出されていきました。
 









 下に表したのは、クォータリングの例です。様々な家の紋章が組み合わせられているものと仮定し、実際にクォータリングしてみました。クォータリングする場合には、描かれる順番や場所には明確な決まりがあります。この際の順番は、父系かどうかや、それぞれの家の爵位や権勢といった「格」に従います。紋章では、向かって左右にクォータリングする場合には、左側をより上位として扱います。それぞれの家の「格」の優劣は、クォータリングの中において、その描かれる位置によってはっきりと表されることになります。

 下図では、各家の序列は、その下に(注)として示した順番であると前提し、クォータリングしています。
 まず「1」は、最もシンプルなクォータリングであり、2つの紋章を組み合わせたものです。(注)で示されているとおり、「赤地に金竜」の紋章の方が上位であるため、これが左側(この位置を「第1クォーター」と呼びます。)、次いで「青と白の縦縞」の紋章が右側に(この位置を「第2クォーター」と呼びます。以下同様。)来ています。先に述べたインペイルメントも、これと同じもので、当然ながら、同様に左側が上位になります。
 「2」では、もう一つ「白と緑の格子模様」の紋章を増やし、3家の紋章を組み合わせてあります。このクォータリングの場合は、上下左右の4つに分けているため、第1クォータリー(左上)、第2クォータリー(右上)、第3クォータリー(左下)までは、各家の序列にしたがって組み合わせ、残った第4クォータリー(右下)には、最上位の紋章(赤地に金竜)をもう一つ描いています。3家の紋章を組み合わせるクォータリーでは、この他にも縦に3分割して横に3つ並べるという方法もあります。この場合には、左から右へ第1〜第3クォータリーとなり、左方が上位となります。
 「3」では、さらに2つの紋章を増やし、全部で5種の紋章を組み合わせています。この場合は、上下2段、左右3列に分けたクォータリングの形をとっています。全部で6分割になりますが、組み合わせる紋章は5つであるため、余った最期の第6クォーター(右下)には、最上位の紋章(赤地に金竜)を入れています。
 「4」も、5つの紋章を組み合わせたクォータリーです。「3」とはやや分割の仕方が異なり、第5クォーター(中下)には、最下位の紋章(青地に金の魚)がずいぶん窮屈そうに入れられています。この「4」のクォータリーは、スペインの紋章に多く見られたタイプなんだそうです。
 「5」は、さらに1つ増えて、全部で6つの紋章を組み合わせたものです。各クォータリーの順番は、左上から第1、第2(中上)、第3(右上)、第4(左下)、第5(中下)。第6(右下)となっており、各家の序列に従って順番に描いただけの、ある意味簡単なものです。この「5」は、上下2段、左右3列に分割していますが、6分割クォータリーの中には、上下3段、左右2列などというものもあるようで、このパターンが絶対的なものというわけではないようです。

クォータリングの(例)


(注)上図(例)の前提としての各家の序列


 この様に婚姻や統治などを経ることで、紋章は(クォータリング等の)マーシャリングにより組み合わされ、複雑化していきました。多いものでは、20を越える組み合わせがされた、複雑な紋章もあったようです。しかし、組み合わせが続くばかりでは、紋章は複雑化を極め、そのうち1つの紋章に全てが描き込み切れなくなったことでしょう。こういう場合、ときには紋章を簡素化し、再びシンプルな紋章に戻すこともあったようです。まあ、何代も続いた名門貴族なら、こんな悩みもあったことでしょうが、2〜3代続いたくらいの貴族には、こんな悩みはあまり縁の無いことでしょう。しかし、そんな新興貴族であっても、名門貴族と婚姻を結んだりした場合には、相手の複雑な紋章が自分の紋章と組み合わせられることになるわけで、こんな悩みが全くの無縁であるとは言い切れないのも事実でしょう。


最後に
 紋章学は、勉強してみるとかなり面白く、それゆえにかなり奥が深いものです。1ページ程度の私の拙い解説などで紹介しきれるものでも、なかなか理解していただけるものでもないと思います。世の中には、他にも紋章学を詳しく解説されたwebサイトがかなりあります(紋章学専門のwebサイトさえもあります)。紋章学に興味をもたれた方は、これを機会に、他のwebサイト様や文献で、さらに勉強してみられることをお勧めします。


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