「グルートビール」

〜中世グルートビール味覚評価会〜

 TOP >> 中世ヨーロッパとファンタジー世界の「食」 >> 「グルートビール」 〜中世グルートビール味覚評価会〜


1 最初に
 中世ヨーロッパでは、古くから「グルートビール」と呼ばれるタイプのビールが作られ、飲まれていたと記述したところです。「グルートビール」が実際にどのようなものであったか、実際に飲んでみれば一番よくわかるのですが、実際はそうはいきません。国内に入ってきている輸入ビールをみても、グルートビールなんて、なかなかないからです。そんな現実の中ではありますが、実は、2006年の11月11日、幸運にも、このグルートビールを実際に飲み味わうことができる催し物に参加する機会があり、貴重な経験をしてきましたので、ここで紹介させていただこうと思います。

「中世グルートビール味覚評価会」
 私が参加した催し物は、キリンビール(麒麟麦酒株式会社)の開催による食文化研究の催し、「中世グルートビール味覚評価会」というものでした。キリンビールは、食文化(特にもちろんビールの)歴史研究に熱心であるようで、以前から『「ビール5000年の旅」探求プロジェクト』というものをやっていました。
 このプロジェクトの第1弾『"ビールのルーツを探る"「古代エジプトビール」』の際には、古代エジプトの頃のビールの再現というものをやっていましたが、私が参加したのは第2弾に当たり、『現代の"ホップビールのルーツを探る"「中世グルートビール」』という企画でした。
実は、第1弾『"ビールのルーツを探る"「古代エジプトビール」』の際にも試飲イベントの参加募集があったのですが、私は私事で忙しく、参加できませんでした。今回は、幸いにも時間が空いており、参加募集に応募することができました。キリンのWebサイトから参加者が募集されたのですが、広島の会場では、(キリンのスタッフ談によると)8倍の競争率の中から、20組の参加者が選ばれたそうです。私は(妻とともに)幸運にも、この参加者となることができました。


(余談)
 ちなみに余談ですが、当日、スタッフの説明では、第3弾『"日本のビールのルーツを探る"「日本のビールのさきがけ」』というものが企画されているとのことでしたが、これは後に、キリン創立100周年記念ご愛飲感謝キャンペーンとして展開され、復元ビールのプレゼントという形で実施されました。

2 再現 〜エンマーコムギ〜
 さて、本題に入りましょう。この催しでは、開会の挨拶の後、まず、ビールの歴史についての説明がありました。約5,000年前に人類の記録にビールが登場し、現代のビールとなるまでの過程のお話。前回(2005)の第1弾「古代エジプトビール」のおさらいの説明もあり、考古学者や醸造学の専門家によって古代エジプトの壁画を分析し、当時の ビール造りを再現したこと。実験考古学的手法により、実際に古代種の麦「エンマーコムギ」を栽培増産(某有名国立大学から数粒の種子を譲り受け、これを数年かけて数トンにまで増やしたとのこと!)して、これを使ってビールを醸造したこと等が説明されました。

 そして、いよいよグルートビールのお話です。当サイトDragon's Lairの「中世ヨーロッパとファンタジー世界の「食」」の「麦酒」の項でも紹介していますが、現在の「ホップを使ったビール」が現れ、普及し一般的なものとなるより以前、中世ヨーロッパでは、様々なハーブ(香草)を配合し、ブレンドしたものをビールに加え、香り付け等を行っていたといいます。「グルート」とは、この様々なハーブを混合したものであり、これを使って作られたものが、「グルートビール」です。グルートビールは、特にヨーロッパ低地地方とドイツ西部で特に盛んに作られていたといわれ、ヨーロッパ中世頃まではグルートビール全盛の時代といわれているようです。

3 再現 〜品質規定書から導かれた原材料〜
 今回、キリンがグルートビールを復元するに当たって、醸造学や歴史学の専門家の協力を得たそうですが、その中で、グルートビールの元々のレシピ・醸造法が文献等に残っておらず、その特定が難しかったとの話がありました。キリンスタッフの説明では、レシピ・醸造法が文献等に残っていない理由として、「「グルートビールの醸造」は、当時の醸造者にとっては至って当たり前の事であり、特別な記録というものがあまりされていなかったため」、「各地の領主の多くは、独自製法・配合法を秘密にし、ビールの製造権(販売権)、グルートの販売権利等を独占していた」などが挙げられるとのことでした。

 グルートビールの製法の研究を進めていく中で、「グルート」の材料となる麦芽の配合や、ハーブの研究も進められました。オランダで発見された1407年の「グルートビール品質規定書」には、原材料の種類や配合法が細かく記録されており、グルートビールには、一般的にビールに使われる大麦麦芽の他にも、様々な種類の麦芽が頻繁に使用されていることが判ったとのことです。記録に残るものとしては、現代でもヴァイツェン(ヴァイスビア)などに用いられる小麦や、現在ではビール製造には使われなくなった燕麦(エンバク)麦芽が含まれています。

原材料麦芽の比率
 エンバク:小麦:大麦=36:10:0もしくは36:9:1

 エンバクの使用は意外なところですが、エンバクは独特の味わい(ハーブとの相性も良)が得られるからという理由で使われたようです。もっとも、中世では飢饉対策として、食用の小麦などがビール原料としての使用にしばしば制約が課せられたのに対し、エンバクはもっぱら家畜飼料用であったため、公権による制約が無かったという理由もあったようですが

 原材料の配合方法などが記されていた品質規定書でしたが、これには「グルート」に使われたハーブについては記載されていませんでした。グルートは、それぞれの地域で、異なる配合が行われていたらしく、使われていたハーブも様々であったようです。
 このため、文献の調査を行い、複数の文献に名前が登場し、ヨーロッパに古くから自生していたと考えられるハーブが36種類ほどリストアップされました。この中で、最も頻繁に文献に名前が登場していたハーブが、「ヤチヤナギ」※であり、今回の再現企画にあたっては、「ヤチヤナギ」を主として6種類が選び出されました。

 研究・調査により決定された、この復元に際して使用された原材料の比率は以下のとおりです。

○原材料1(500ml=中瓶1本当り):
 グルートビール:
  麦芽(エンバク、小麦、大麦)約280g、ハーブ約4.7g、アルコール濃度8.0%
 キリンラガー(参考):
  麦芽(大麦)約55g、ホップ約0.8g、アルコール濃度5.0%、

○原材料(今回の復元使用量):
  麦芽合計39.3kg(エンバク 17.5kg、小麦8.7kg、大麦13.1kg)
  水 137.5リットル
  グルート合計737g(ヤチヤナギ151g、グランドアイビー101g、ベトニー101g、フェンネル202g、ペパーミント81g、マグワート101g)※ただし麦汁100リットルに対して


注 「ヤチヤナギ」
 学名「Myrica gale」。ヤマモモ科。温帯の湿地等に自生し、葉や茎からすがすがしい香りがする植物で、葉や枝などを、または全体を砕いて使用されたようです。ヤチヤナギは、現在でもリキュールなどに広く使われているようです。ドイツやオランダでは、保護植物に指定されているそうで、今回の再現に当たっては、スコットランドに自生していたものを採取し、使用したとのこと。

 
ちなみに水ですが、日本の水は、ヨーロッパの多くの土地の水とはミネラル分の含有量等からして異なります。今回の復元に当たっては、より忠実な復元とするため、水はヨーロッパの某有名ナチュラルミネラルウォーター(○ヴィ○ン)を使用したそうです。

4 再現 〜醸造施設及び器材〜
 復元醸造に使用した道具は、ベルギーの歴史博物館に展示されていた醸造施設、ヨーロッパの醸造博物館、当時の様子を描いた版画等を参考にし、当時のものに近い施設を、キリンビール栃木工場に復元。その他の器具や道具類についても、古くから使われていたものを復元製作したとのことです。これらの道具類は、なかなか独特の形状をしていたりしますが、キリンwebのコンテンツ(後述)に写真が載っているので、参考にしてみて下さい。
 岩手県の地ビールメーカーである「ベアレン醸造所」(http://www.baerenbier.com/)は、赤い熊をトレードマークにしてらっしゃいますが、そのトレードマークには、古来の醸造器具が描かれています。ビールも美味しいので、そちらのサイトも参照してみて下さい。


5 再現 〜製造過程〜
(1) 
木製の糖化槽(樽状)に、粉砕したエンバク、小麦、大麦を入れ、そこにひしゃくで湯を加え、混ぜ合わせながら、約65度くらいの温度で糖化を進める。2時間ほどでデンプンが糖に変化(いわゆる「マッシング」と呼ばれる工程です)。
柄杓(ひしゃく)櫂(かい 樽の中で麦汁をかき混ぜるのに使います。この形が混ぜやすいそうです。)

(2) 
糖化した麦汁を、ヤナギで編んだカゴを使って濾過し、ひしゃくで麦汁煮沸釜へ移す
西洋ヤナギの枝で編んだカゴ(ザルとして使用)

(3) 
濾過され、煮沸釜に移された麦汁を加熱。煮沸後、細かく砕かれたハーブを投入し、さらに1時間煮沸。最後に、ヤチヤナギを投入。
ヤチヤナギ(学名「Myrica gale」 スコットランド産)

(4) 煮沸された麦汁をひしゃくですくい、冷却槽(クールシップ)に移し、一晩かけてゆっくりと冷却

(5) 麦汁を布で濾過し、凝縮したたんぱく質を除去。麦汁を木製の発酵桶に移してかき混ぜ、空気を混ぜ合わせる。酵母を加えて発酵開始。数時間で麦汁表面が泡だってくる。発酵は2〜3日で完了。
冷却した麦汁の濾過に使用します

(6) 発酵を終えたものビールを、漏斗を使い木の樽に移し換えて貯蔵し、完成。
貯蔵樽(発酵したビールを貯蔵、熟成させます)漏斗(ビールを貯蔵樽に入れる際に使います。)

 出来上がったビールは、
現在の国内の普通のビールに比べて約5倍の麦芽使用量となり、アルコール度数が 8%という、濃厚なものとなりました。

6 グルートビールとホップビール
 判明したレシピに従って作られたグルートビールのアルコール度数が8%という、後の代表的なホップビールに比べて高かった理由は、ビールの保存性にも関係していると考えられています。
 「ホップ」は5世紀〜7世紀には、ヨーロッパに伝わっていたようで、「ホップ」を使ったビールは、歴史的には9世紀頃には登場していたようです。ホップビールは、最初の頃は少数派でしかありませんでしたが、13〜14世紀くらいになって、ホップビールが大勢を占めるようになっていきました。
グルートビールに用いられたハーブ類は「制菌性」が低く、作られたビールは、ある程度アルコール分が高くないと日持ちしなかったようです。これに対し、ホップは制菌性に優れていたため、グルートビールほど高アルコールでなくても、ある程度は日持ちさせることができたようです。逆に言えば、グルートビールのアルコール度数の高さには、このような理由があったようです。
 なお、ホップビールは、やがてヨーロッパ中に普及し、ついにはグルートビールに取って代わるまでになりました。こうしてホップビールが主流となった後の1516年、現在のバイエルン王国で、国王ヴィルヘルム4世により「ビール純粋令」※が公布されることになったわけです。

※ ビールの原材料には、麦芽とホップと水しか使ってはならないという法律。後の世に酵母が発見され、酵母も追加されました。


7 グルートビールのお味と中世ヨーロッパ農民の食事


 話を元に戻しますが、キリンの担当者の方からの説明を聞き、資料ビデオを観せていただいた後は、建物内を少し移動して、テーマに沿った展示品を見ながら、まずグルートビールを1杯試飲させてもらいました。
 初めて飲むグルートビールの印象は、まずは濃いけど明るい琥珀色。そして「ハーブ香」。複数のハーブによる独特の香りが来て、その中にワインを思わせるような、どこかフルーティーともいえる香り が隠れているような感じ。炭酸刺激はとても少なく、口の中には甘味が広がり、爽やかな酸味もまた感じられました。苦味はあまり無く、ノド越しの後に口の中に僅かに残る程度の苦味のみ。(事前の説明でもあったように)アルコール度数は 8%で、充実した飲み応えとして感じられましたね。

  ちなみに、アルコール度数が高いので、「空腹な方、お酒に弱い方は注意してください」とのアナウンスがありました。

 ハーブの香りの印象は、ここ数年、毎年 冬には買って飲んでいる「グリューワイン」(シナモン等のハーブが入った、暖めて飲むワイン)に、とてもよく似ていました。さらにじっくりと味わいながら飲んでいくにつれて、最初、第一印象的にはワイン的とも思えた香りが、フルーティーさは「ヴァイツェン」のような小麦使用ビールのもつ、いわゆる「バナナ香」の薄いヤツのようにも感じられてきました。そして高アルコールのコクと 飲み応え感……結構うまい(泣) 。
 味の雰囲気的には、ベルギー産「シメイ(ブルー)」あたりが近いような気もしました。
 ちなみに、展示品を観ながらの試飲の後、再び元の会場に戻り、さらにグルートビールの試飲をさせてもらいながら、一緒に(飲み比べ用として)「キリンラガー」と「一番搾り」もいただきました(笑)。




 ビールと共に出された料理が、「中世ヨーロッパの農民が食べていたという食事」を再現した料理です。「中世ヨーロッパの農民の食事」(再現)は、「パン」、「チーズ」、「具の無い簡単スープ」(酸味とトロみのある、パン粉のスープ)、そして「ブッフ・ブルギニョン」(パサパサ感のある豚肉の煮物)から成っており、この料理をいただきながら、いろいろな説明を聞きました。
 キリンのスタッフ曰く、(現代人の味覚を考慮して)「シェフが美味しく作り過ぎたかも」(笑)とのことだそうで、私的にも、「確かにこりゃ意外に食べやすい」と思いました。ただし、私も思いましたが、決して美味しい料理というわけではなく、他の参加者の中には「こりゃ食えん…」と言ってる方も結構いらっしゃったようですが(多分、特にスープの「酸味」と「とろみ」が口に合わなかったのではないかと)、グルートビールには意外によく合っていたような気がしました。





最後に
 こうして貴重なビールと食べ物をいただき、やがて味覚評価会は終了しました。説明によると、試飲させていただいたグルートビールの製造には非常にコストがかかっており、そのコストを計算して値段をつけるとすれば、中瓶1本(500ml)で…
…な、な、なんと80,000円くらいだそうですw
 現代のビール(例:キリンラガー)に比べると、同じ量を製造するにしても、比べ物にならないくらいの多量の原料を使用するらしいですし、そもそも、製法の研究から、製造に用いる器具の復元(なんと、道具までほぼ復元です!)まで、それはそれはコストはかかっていることでしょう。
 こんな貴重なものを味わう機会に恵まれた幸運に、ほんとに感謝したいです。キリンのビール文化に対する探求は敬意を表するに値しますね。来年もこのような味覚評価会が開催されるかどうかは判りませんが、是非また参加したいものです。

 なお、キリンのwebサイト内には「キリンビール大学」というコンテンツがあり、その中の「中世グルートビール研究所」(http://www.kirin.co.jp/daigaku/o_europe/../index.html)で、この中世グルートビールの復元についても、豊富に写真を使用して紹介されています。当サイトと違って、企画実施の当事者ですから、写真も説明も詳しいので、そちらも参照してみてください。

 また、この特別記事については、私が運営しているブログ
「Water Dragon's Diary II」記事として掲載したものをベースとして大幅に加筆し、作成したものです。

 TOP >> 中世ヨーロッパとファンタジー世界の「食」 >> 「グルートビール」〜中世グルートビール味覚評価会〜
                                「分類3−2<加工食品2>【麦酒(ビール、エール】」