中世ヨーロッパの饗宴〜もてなしの儀式

 TOP >> 中世ヨーロッパとファンタジー世界の「食」 >> 中世ヨーロッパの饗宴〜もてなしの儀式


 中世後期(10〜14世紀くらい)のヨーロッパでは、王侯貴族は年間の祝い事や特別な来客のあった時などに、それはそれは盛大な宴を催していました。それは無骨な男たちが食べ物に食らいつくような無粋なものではなく、儀式的で芝居がかった1つのエンターテイメントのようなものでした。この宴の席は単なる宴会ではなく、華やかで洗練された当時としては最先端の洒落たもてなし、すばらしい饗宴だったのです。ここではその中世の饗宴についてお話ししてみましょう。

 宴に出席する人たちは、上等な絹やベルベット、宝石などで着飾って宴の舞台となるホールなどの宴会場へ入場します。出席者たちを席へと案内するのは、これまた衣装で身綺麗に着飾った若い召使いたちです。 席の中で最も上座、または一段高くなっている席が主賓席で、そこにはホスト、または主賓、出席者の中で最も位の高い人が座ります。この主賓席の背後には綺麗な天蓋が設営されており、その席がたいへん名誉のある席であることを示しています。この主賓席に座る人以外は、その他の席に各々の位や役職によって上座から座っていくことになります。

 宴には「儀典官」と呼ばれる役職の人物がいます。彼はその役職を示す「大きな金色の鍵」を首から鎖でぶら下げています。儀典官は宴の進行係であり、宴の最初や料理が運ばれてくる度に儀礼的なかけ声をかけます。

T.
 儀典官は、場を盛り上げ、出席者を讃えたり、出席者に祝福を与えるような内容の「乾杯の歌」を歌い 、宴会場の中を歩きまわります。「乾杯の歌」は歌われますが、実際に「乾杯」が行なわれるのはもう少し後になります。

II.
 次に儀典官は、客人たちに食事で用いられることとなる「塩」を献上します。この塩は、様々な凝った形の「塩入れ」と呼ばれる器に入れられ、テーブルに置かれます。塩は「スパイス」として実際に使われるものですが、それと同時にその高価さ、貴重さから転じて「身分の高さ」「高貴さ」をも象徴しています。この塩のもつ象徴的意味にちなんで、上座のことを「above the salt」、下座のことを「below the salt」 と呼びます。

III.
 塩の献上の後、儀典官はパン係と呼ばれる役職の召使を宴会場に呼び入れます。パン係は飾りのついた長い織物の帯のようなものを肩にかけ、パンを運んできます。このパンは普通のパンではなく、スパイスで香りをつけ、薔薇の花びらやパセリの葉などで様々な色をつけたものです。パン係は特別なナイフでパンの上の薄い部分を切り取り、列席者の中で最も身分の高い客人に供します。この「パンの上の部分」は「uppe r clast」と呼ばれますが、現代でもヨーロッパなどの上流階級に属する人たちの間では、貴族階級や上流階級を表す言葉として用いられることがあるようです。
 パン係は、飾りつけたパンから、あらかじめ出席者が使うための皿、トレンチャー(こちらを参照)を作っておき、その上には一口サイズくらいに切り分けた食べ物を載せました。出席者はこの一口サイズの料理(フィンガーフッドと呼ばれます)を指でつまんで食べていたのです。中世までの宴会では、あまり金属製や陶磁器製の皿などは使われていませんでした。

IV.
 パンの儀式が終わると、儀典官は洗盤係と呼ばれる者を呼びます。彼は「注ぎ口」がライオンやドラゴンの形になったような凝った形の水指しからボウルに水を注ぎます。この水は実際には「ぬるま湯」で、贅沢にもスパイスやハーブで香りをつけたものでした。洗盤係はボウルを持ってまわり、出席者に手を洗って もらいます。 16〜17世紀くらいまでは、スプーンやフォークなどほとんどありませんでしたから(こちらを参照 )、人々は手を使って食べていたわけで、儀式的な意味あいはともかく、衛生面から見ても手洗いは現代より も大事だったようです。
 実際に手を使って食べる際にも、「魚はこの指で…」とか「果物はこの指…」とか使う指が決まっていたようです。これは地域や時代によって多少異なるようですが、食べる時には指の何本かはピンと立てていたようです。これら立てた指は、スパイスや調味料を盛った皿に時おり差し入れるために「残しておかれた」ようです。

X.
 パンの儀式が済むと、バトラーと呼ばれる酒樽・酒瓶係がカップに飲み物を注ぎ、今度はカップ係がその飲み物を鑑定します。この鑑定は毒味のようなもので、客人に安心して飲み物を飲んでいただくために必要とされていた儀式のようです。

VI.
 飲み物の鑑定が終わると今度こそ乾杯です。儀典官が乾杯の言葉を大きな声で述べ、列席者も口々に乾杯を唱和します。ホスト側・主催者のおかかえの聖職者(貴族の城や屋敷には、よく専属の修道士などがいたものです)が料理を祝福し、楽士たちはラッパやドラムなどを手にし、「いよいよ料理が運ばれてくるぞ」というファンファーレを鳴らします。こうしてやっと料理が運ばれてくることになるのです。

VII.
 ファンファーレに続き、こぎれいな給仕たちが料理を1皿ずつ運んできます。実際に列席者へ行う給仕は、やはり身分の高い人から順に行われます。このような饗宴で供される料理は驚くほどに趣向が凝らされたものも多く、「イリュージョンフード」とも呼ばれます。孔雀や「うずら」などは程よくローストされ、その上でもう一度綺麗な羽根をその身に差し込まれ、クチバシも綺麗に塗られて、まるで生きているかのような姿で皿に載っています。また、外見とは全く違う、見る者をびっくりさせるような食べ物もあったりします。これらイリュージョンフードの例をいつくか挙げてみると…。

「金の林檎」
 ふんだんにスパイスを使って香り付けした肉だんごを、金色に色付けしたパイ皮で包んだものです。マジパンで作った葉が飾りつけてあったりもします。

「聖ジョンの針ねずみ」
 ローストしたり煮たりした肉(刻んだ肉である場合もあります)を、豆の粉を混ぜた生地を焼いたパンで包み、その表面に様々な食材で作った「食べられる針」をたくさん刺したものです。

「24羽の黒鴨パイ」
 とっても大きなパイのように見えますが、中に特別何か食材を詰めてあるわけではなく、驚くことに生きた鳥(おそらくは小型の鳥でしょう)が何羽も閉じ込めてあります。パイを切り開くと中から鳥たちが飛び出してそこら辺中を飛び回り、客たち驚かせ、楽しませるというものです。このパイそのものを食べることはまあ無かったのでしょうが、食卓に運ばれて来るものとしては、とてもじゃありませんが衛生的とは言い難いものですね(笑)。

 饗宴には、これらイリュージョンフードの他にも、ナッツ類のペーストやマジパン、パイ皮などで形作ったライオンやドラゴンなど、装飾菓子と呼ばれる類のお菓子も登場します。


 いよいよ始まった食事の時間。料理は様々な余興や劇などを挟んで、毎回ファンファーレが鳴らされた後に運ばれてきます。料理の数は多くありますが、1皿の量は少なく、食べやすくするために一口サイズに小さく切られています。列席者たちはこれらを指でつまんで口へと運びます。料理を出す順番もいろいろと考えられ、こってりした重い料理の後にはあっさりした料理、スパイスをたっぷりと使って薫り付けした肉料理の後にはやさしい香りのハーブケーキなど、「めりはり」のついた給仕がされます。


例えばこんなフルコース
 ここでは中世の饗宴で出された料理のフルコースの1例を紹介しましょう。
最初から順に…
 (1)プラムや林檎、梨などのおいしい果物、それにハーブを使った軽いパイ
 (2)聖ジョンの針ねずみ(既述)
 (3)アーモンドや小粒の種無し干し葡萄、蜂蜜などを使ったオムレツ
 (4)鮭のローストのオニオンワインソースかけ
 (5)アーティチョーク(西洋アザミ)にブルーベリーとライスを詰めたもの
 (6)鶏肉でマスタードや香草を巻き、蜂蜜を塗ったもの
 (7)占星術で各出席者に合わせたハーブケーキ
 (8)占星術で各出席者に合わせたチーズ
 (9)鴨の手羽肉のロースト
 (10)様々な形に焼かれたクッキー
 (11)アーモンドとスパイスを混ぜ込んだケーキ
 (12)マジパンやパイ皮で英雄や怪物、動物などを形作ったお菓子(装飾菓子)



饗宴と役職
 既に書きましたが、饗宴には儀典官やカップ係をはじめとする20以上もの係が登場します。主要なものは調理一般を司り、料理という芸術を作り上げるチーフコック、優雅な歩き方や指使い、特別な作法で肉を切り分ける肉切り係、ほかにも予告係、宴会係、肉焼係や菓子係、ソース係などたくさんの係員が動き回ることになります。芝居がかったエンターテイメントとしての饗宴の中で、儀典官はショーを演出する監督、他の係たちはその中で役目を果たす俳優のようなものでしょう。

宴会での音楽とエンターテイメント
 最初のファンファーレの後も、楽士たちは演奏を続けます。様々なごちそうにはそれにあった音楽やリズムがあり、それを聞きながら食べるのが消化に良いと考えられていたみたいです。楽士たちは宴会のBGMの他にも、新しい料理が運ばれて来る際にはやはりファンファーレで迎えます。楽士は料理を運ぶ給仕たちを演奏しながら先導したり、バルコニーや会場の一角に作られた専用の演奏場で演奏していたりします。
 饗宴では料理が運ばれてくるばかりではありません。料理が運ばれてくる合間には、楽士たちによる特別の演奏や役者たちによる短い演劇、吟遊詩人による唄や弾き語り、手品など様々なショーが行われ、列席者たちを楽しませます。中世の饗宴とは、まさにエンターテイメントだったようです。


 ここで述べた「中世の饗宴」とは、1000年〜1500年頃、まさしく中世の世にヨーロッパの王侯貴族の城や館で繰り広げられたものです。当然ながら、こんなバカ騒ぎが毎日行われていたわけではないでしょうし、財政的問題から年に数回、または1年に1度しか開けなかった貴族もいたことでしょう。また当然ながら、充分な財力がありながらも、こんなバカ騒ぎを好まず、特別な来客など、よほどの時にしかこの「饗宴」を開かなかった貴族もいたかもしれません。なににしろ、この饗宴が必ずしも「中世」世界の一般的な宴会であったというわけではありません。しかし少なくとも、並んだ食べ物にむさぼりつくような無骨者ではなく、当時としては洗練された(少なくとも本人たちはそう思っていたことでしょう)しゃれた(笑)上流の王侯貴族たちの間では、このような饗宴が開かれていたのは事実です。
 ファンタジー世界の貴族たちもこのような饗宴を開いているかもしれません。ただし地域的、またワールドによる食習慣の違いや金銭的感覚によってずいぶん違ったものにはなるでしょうね。もしもこんな饗宴に冒険者が招かれるようなことがあったら…その趣向を凝らした料理に感動したり、またその趣向の馬鹿さ加減(笑)にあきれたり、感想も様々なものになるでしょう。まあ実際、こんな特別の宴の席に冒険者が呼ばれるのは、料理が運ばれてくる合間に過去の冒険の話をしてくれ、だの見栄えの派手な魔法で楽しませてくれ、だのというエンターティナーとしての招待の方が多いのかもしれませんね(笑)。いずれにしろ、あまり普通の冒険者には縁の薄いものには違いないでしょう。


 TOP >> 中世ヨーロッパとファンタジー世界の「食」 >> 中世ヨーロッパの饗宴〜もてなしの儀式